2005年 12月 22日 ( 1 )

私に普通なこと。。。

クリスチャンの家庭の育ったわたしにとって子供の時から神様に関する話は家庭内で普通に交わされていた。

 さて、今日書きたかったことは下の日記で書いたことなのだけど、自分として普通に書いているつもりなのだけど、読む人によってはすごくおかしなことなのかもしれないなということ。いわゆる「くさい」表現なのかもしれない。
 が、弁解するとこれはまさしく実感なのだけど。しかしこの実感というものがわたしの育ってきた環境によって作られた私という人間の実感なのだからそれを「くさい」なあと感じられたらこれは致し方ないね。
 
 信仰的なこと、というか宗教的なことを公な場で書くことはあまりよくないという考え方もあるかもしれない。が、敢えてわたしは書いていこうと思っている。それがわたしの名前の由来だから。そこでそれこそ泥だらけになろうと、それが与えられた仕事だから。

 わたしは人に面と向かっては一緒に聖書を学びましょうとはどんなに親しくても言わない。それは個々人の問題だから。でも伝えられることは伝えて行きたいとおもっている。それにはこのブログという媒体はとてもいい。こんな愚かしいことを考えてという人も中にはいるかもしれないが。

美辞麗句は必要ない。ただ相手の心の真ん中に飛び込み、また自分の真ん中もさらけ出すその率直さを持っていたい。その厳しさとすがすがしさをわたしは求めて止まない。
 
 文責という言葉が好きだ。どんな時にも責任の所在をあきらかにしなければならない。聖書の集会の先生がおっしゃる言葉。『終わりから考える』最後の時、終末の時から自分を見ることで今自分が進むべき道は自ずとはっきり見えてくる。

 

 
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by mokomokoruka | 2005-12-22 14:33