カテゴリ:未分類( 69 )

今日はピアノの発表会

今日は子供たちのピアノの発表会。雪の中アットホームな楽しい発表会だった。
今回の発表会を聴いてつくづく思ったこと。ピアノという世界に子供時代に触れてそれを一つの表現として身に付けるってとても幸せなことだということ。ある曲をきちんとイメージできた子供の演奏はそれがどんなに簡単な曲であっても聴くものの心を打つ。
イメージすること、曲を通して自分自身の言いたいことをはっきりイメージできること。これはたいへんなことだ。同じ楽譜を弾くのだけどまさに十人十色。言いたいことを見つけるまでがたいへんなのだろう。それは曲を弾きこんでいって初めて見えてくるのかもしれない。

 今日卒業演奏を行った高校生のお姉さん。とても素敵だった。ピアノがいとおしくてならないという感じが伝わってきた。家の子供たちもそうなるといいな。

今回の発表会はそれぞれに満足感があったのではないかなと思う。これをきっかけにピアノの世界にどっぷり浸かってくれるといいな。わたしができなかったこと。。。
[PR]
by mokomokoruka | 2006-01-08 20:08

継承

 この頃思うこと。 
わたしたちが今生活を築き上げているこの社会全てがある意味で先人たちのこの労力の上に成り立っている。極端なことを言えば火を熾すことからして。。。
 「いいとこ盗り」になってはいけない。先人たちが作ってくれたものに対して「歴史を繋ぐ」というスタンスに立ってその技術や方法を使っていかなくてはならないと思う。
 謙虚になるということは外から躾けられたり強制されてなるものではない。あることに真剣にぶつかって関わる時求める時、自ずから生まれてくる感情だ。歴史を繋ぐという位置に今あることに対しての感謝と願い。伝統ということ。以前アリエスさんhttp://atelieraries.blog1.fc2.com/blog-entry-102.html#moreのところでこのことについて何度かやり取りしたのだけど伝統の継承ということはとても大切なことだと思う。技術の進歩ということはインスタントな部分を受け継ぐことではない。もっと奥深い果てしないものであると思う。。
 なんかすごく大仰なことを書いているようだけど。どんな小さな家庭生活においてもこのことはあるわけで。ビシちゃんによく言われるのだけど、わたしが母からよく食べさせてもらったものでわたしが子供たちに食べさせていないものって結構ある。そうするとそこで食の継承が途絶えるんだって。本当にそうだと思う。これって小さいことのようで大きなことかもしれない。
 
 この頃すごく不思議な人とネットのお友達になってすごくうれしいのだけど。
若い彼もまた伝統の継承者かもしれないなあ。頑張れ健蔵君!

 何だか書きはじめとすっかり違う方向へ行ってしまった~
[PR]
by mokomokoruka | 2006-01-07 12:15

むつかしい。。。

幼い時から両親に「自分のことをひれかすな」と言われていた。聖書にも右の手で成す事を左の手に報せるな。というようなことが書いてあるし。

たった今あちらこちらの掲示板に今日HPにアップした刺繍のことを書いてきたのだけどこれってやっぱり「ひれかし」なのであろうか。
こういう技法っておもしろいからみなさんにちょっとお伝えしたいなあって思ったのだけど。なんだか気恥ずかしい気分になってしまった。

そもそもHPっていいえ、自分を表現することそのものがまかり間違うと「ひれかし」になってしまう。その紙一重の境っていったいなんなのだろうか。。。むつかしいな。
[PR]
by mokomokoruka | 2006-01-05 02:08

冬の日本海

c0030505_005299.jpg

あけましておめでとうございます。
今年ももう3日が終わろうとしています。早いものです。
今年はどんな一年になるのでしょう。例年になく厳しい冬になりましたが、それでも年が明けると気持ちの上では春遠からじと思うのが不思議です。

今日、海の近くのお家へお年賀に行きました。ものすごい強風で運転している主人も怖いと言うほどでした。そのお宅の屋根が数日前一部飛ばされて壊れたそうです。
海は遠くから白波が立っていました。でもちょっと日差しもあってそこだけ異様に明るく照らされています。冬の日本海、一度は見る価値があります。中学生の頃友達と二人冬の海を見に行きました。そしてその圧倒的な迫力に言葉もなく二人で佇んだ記憶があります。一刻も早くその場を逃げ出したいような、反対に見続けていなければいけないような極限的な思いに駆られました。帰り道なんだかバスに乗る気にもなれず彼女と二人遠い道を雪を踏みしめながら歩いて帰って来たのでした。あれから信じられない程長い年月が経ちましたがその時の感覚が今日ちょっと車の中から見た日本海の荒海に呼び起こされました。
[PR]
by mokomokoruka | 2006-01-04 00:12

サンタクロース

サンタクロースっているの?この時期に必ず出てくる話題。
先日も下の子に聞かれた。

わたしはこう思っている。確かにサンタさんは大抵の場合お父さんだったりお母さんだったりして子供が眠る枕元にそっとプレゼントを置いていく。でもそれは見せかけのこと。子供を可愛いと思ってプレゼントを贈るそのしあわせな気持ちを神様はわたしたち親にプレゼントしてくださったのだ。プレゼントを枕元にそっと置いて子供たちの寝顔を見る時私たちはどんなに幸せなことか。私たちは自分がプレゼントを置いておくからサンタさんは人間だって思っているかもしれないけれど、実は神様がもっと上のところでわたしたちの心に見えないサンタさんを遣わしてくださっているのだと思う。だからサンタさんは本当にいるのであって見えない体を私たちの体に滑り込ませて子供たちにプレゼントを届けているのだ。

子供にはもう少しわかりやすくこのことを伝えた。サンタさんはわたしたちのことを愛してくださる神様からの贈り物。人間はおろかだから目に見えることしかないと思っている。だから「本当はサンタさんなんて居ないんだよう、あれはお父さんなんだよう」なんて言うけれどもっと深いところで神様が遣わして下さった本当のサンタさんが働いていてくださるのだということを。。。
[PR]
by mokomokoruka | 2005-12-27 14:33

疲れてるね

なんだかすぐうとうとしてしまう。本当はいっぱいしなければいけないことがあるんだけど。普段ゆっくりTVを見るなんてない。でも冬休みで子供たちが一緒に見ようよって誘いに来るのでわたしもちょっとのつもりでTVの前に座る。すると肝心のTVを見ないで私はつい夢の中。頭の上で「また寝てる~」って声がする。だってホットカーペットって気持ちいいんだもの。おばあちゃんみたいだよなあ。。。

はぴたんさんのところで掲示板を作ってみようかななんて言ったけれどずいぶんむつかしいということだし、私の掲示板はあってもないようなものなのだから面倒なことは辞めちゃおうかなって思ったりしてまだ何もしていない。まあ、なんだかおもしろそうだなって思ってちょっと興味あるのだけど。ニ.キさんの所でも素敵なアニメーションを見せていただいてこれもやってみたい。
実際の縫い縫いもやりたいことが山積み。先日洋書のキルト関係の本も数冊届いてわからないながらチャレンジしてみたいこともいろいろあった。でも今日は夢の中。。。

子供たちは今日一日中二人でサンタさんが持ってきたウエブカメラとマイクを使って昨年のサンタさんが持ってきたアニメを撮影するソフトでシルバニアのお人形を使ってなんだかドラマの撮影をしていたみたい。よく長時間やるよという感じ。(勉強もしないで困ったものだ)

みんなそれぞれ冬休みを楽しんでいるみたいだがわたしはどうも夢の中に落ち込んでばかりの1日であった。明日はしゃきっとするぞ。ってだいじょうぶかな。
[PR]
by mokomokoruka | 2005-12-26 00:34

私に普通なこと。。。

クリスチャンの家庭の育ったわたしにとって子供の時から神様に関する話は家庭内で普通に交わされていた。

 さて、今日書きたかったことは下の日記で書いたことなのだけど、自分として普通に書いているつもりなのだけど、読む人によってはすごくおかしなことなのかもしれないなということ。いわゆる「くさい」表現なのかもしれない。
 が、弁解するとこれはまさしく実感なのだけど。しかしこの実感というものがわたしの育ってきた環境によって作られた私という人間の実感なのだからそれを「くさい」なあと感じられたらこれは致し方ないね。
 
 信仰的なこと、というか宗教的なことを公な場で書くことはあまりよくないという考え方もあるかもしれない。が、敢えてわたしは書いていこうと思っている。それがわたしの名前の由来だから。そこでそれこそ泥だらけになろうと、それが与えられた仕事だから。

 わたしは人に面と向かっては一緒に聖書を学びましょうとはどんなに親しくても言わない。それは個々人の問題だから。でも伝えられることは伝えて行きたいとおもっている。それにはこのブログという媒体はとてもいい。こんな愚かしいことを考えてという人も中にはいるかもしれないが。

美辞麗句は必要ない。ただ相手の心の真ん中に飛び込み、また自分の真ん中もさらけ出すその率直さを持っていたい。その厳しさとすがすがしさをわたしは求めて止まない。
 
 文責という言葉が好きだ。どんな時にも責任の所在をあきらかにしなければならない。聖書の集会の先生がおっしゃる言葉。『終わりから考える』最後の時、終末の時から自分を見ることで今自分が進むべき道は自ずとはっきり見えてくる。

 

 
[PR]
by mokomokoruka | 2005-12-22 14:33

ミシンキルト講習会が終わりました。

やっと終わりました。本当に皆さんの善意に支えられて楽しい会になりました。10人集まってみんなで楽しく作れました。いい会だったと思います。そしてとても素敵な作品が出来上がりました。10個並んだ靴下はとてもかわいかったです。

 さて今日の会が終わって思うことがあります。私のように不器用な人間が人に教えるということ。考えようによってはとてもおこがましい恥ずかしいことなのかもしれません。実際できあがったものは皆さんの作られるものははるかに素晴らしいのものなのですもの。でもそれでもわたしはみなさんにこの楽しさを伝えたいと心から思うのです。

私の名前の由来、若い時聞いたときから私の根底にその言葉があって私を支えています。
『よきことを伝える者の足は山の上にありて麗しきかな』イザヤ書

「足は泥だらけになるのだよ。泥だらけになってよきことを伝えなさい。そうすればその足は麗しいのだよ。」
父はまだ十代の私にそう伝えました。よきことをする人になれとは言いませんでした。泥だらけになってよきことがあるということを人に伝えなさいと言いました。そうすることが麗しいことなんだと。

 私の夢かなうかなあ。決して偉い先生になりたいんじゃない。泥だらけのメッセンジャーになりたい。作品が出来上がったときのみんなの満足そうな顔、そして作品を見ることの楽しさ。わたしはほんとうに今日うれしかった。
[PR]
by mokomokoruka | 2005-12-15 21:37

きれいと魅惑

今テレビからシューマンの『詩人の恋』が流れて来る。この歌曲集は大学に入った頃初めて知った大好きな歌曲集だ。私がよく聴いたのはヘルマンプライが歌っていたもの。私にとって魅惑に満ちた歌だった。特に美しき五月に(Im wunderschönen Monat Mai)は大好きでたまらなかった。この曲を聴くと静かな夜の緑の香りに包まれる思いがする。
 
 今流れているのは女の人の声。。。きれいだけど私の心を揺さぶらない。とてもきれいなのだけど。。。

歌と歌手との間の隔たり。。。
 
[PR]
by mokomokoruka | 2005-12-07 10:15

気が付いてみれば1年過ぎたんだな

HPを開いてから気付いてみたら一年経ったのだった。もう忘れてしまうほど放置していて恥ずかしい限りである。このところ掲示板にいやらしい書き込みがあったりでいやになる。しばらくパスワードを設定したけどそれを告知するほどでもないかとほっておいた。もう収まったかなと昨日解除すればすぐにまたそういう書き込みがあってもううんざり。あまり書き込みのない掲示板であるしこの際閉じてしまおうかと思う。わたしにとってHPっていったいなんだったのだろうと改めて思ったりしている。今のところブログを細々継続するくらいのことしかないわけだし。昨年の今頃HPを開くことに情熱を傾けていたのだけど、丁度1年経って節目という感じかもしれない。

 わたしにとって自分でHPを持つまでいろいろな方のHPは私とその方々を繋ぐ大切な窓口であった。しかし自分のHPが私と他の方とを繋ぐ窓口になったかと言えばその役を充分に果たしてはいない。それはわたしのHPに対する心の持ちようが関係しているのかもしれない。
 にぎやかな掲示板を維持していらっしゃるHPはやはりそれなりの心遣いがあるのだろう。
わたしはひとつのことに関わっちゃうと他のことがおろそかになるのでずっとネットにはまり込むこともできないから不義理をしてしまうのだよなあ。
 
 なんにしろしばらくして少し時間の余裕ができたらHPをすこし手直ししてみよう。その上で掲示板を閉じるか否かも考えてみよう。
[PR]
by mokomokoruka | 2005-12-05 22:32