カテゴリ:雑感( 18 )

ルオー展

日曜の聖書の集会の後の茶話会で先生がルオー展に行かれたことを話された。先月東京都現代美術館の場所について調べて差し上げたのでそのお礼をおっしゃったのだ。先生は今86歳。耳もこの頃遠くなられたし、ご病気もなさっている。しかし今回なんとお一人でそれも日帰りでルオー展に行かれたというのだ。朝の6時に電車に乗って帰って来られたのが夕方の6時とおっしゃっていたから12時間の強行軍。「どうしても観たかったのです」とおっしゃった。
ああその気力!東京での時間は2~3時間だと思うけれど、充実した時間であられたようだ。
 わたしも行ってみたい。でもその気力が。。。ああ情けない。私の方がよっぽど年寄りだわ。
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by mokomokoruka | 2005-05-18 21:08 | 雑感

どうしてだろう。

この頃ニュースでくじらが出没したと言う記事がやたらに目に付く。先日もこの近くの海岸にメスのくじらが打ち上げられていたと言う新聞記事を読んだ。この辺にいるはずのないくじらだそうだ。全世界で地震が発生したり、くじらが思い掛けない所まで泳いできたり、なんだか不安になる。今までなかった病気が出てきたりこれはなにかの前兆なのではないだろうか。。。もしかしたらそういくことの専門家はすでに何か知っていて隠しているんじゃないかなんてSFまがいのことを思ってしまう。でもやはりこれは何かの警告のような気がしてならない。
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by mokomokoruka | 2005-05-06 22:54 | 雑感

窓辺

PCの前の窓から家の前の道が見える。おや?さっき通って行った人がまた通った。手に野菜の袋を下げて。買い物して来たのね。今度はワンちゃんがお散歩しているぞ。あのワンちゃんはいつも引っ張らないでお散歩している。えらいなあ。

今日はあまりいいお天気ではないけれど、結構いろいろな人が歩いていく。窓って切り取られた世界だからとっておもしろい。

いろいろな家の窓の形を見るのが好き。散歩の途中でも面白い窓の形があるとつい足を止めてしまう。そういえばパットお嬢さんにも窓のことが出てくる。ヒラリーが窓のデザインのコンテストで受賞したということをパットが喜んでいるシーンもあるし、最後の方でヒラリーがパットのために用意した家の様子を語るシーンでも出てくる。モンゴメリも窓が好きだったのかしら。
そういえばアンには屋根の形についてでてくるし、ジェーンは魔法のある家というのが重要な要素になってる。モンゴメリの文章が好きな理由の一つにこれがあるかもしれない。大好きな家が私の散歩コースに何軒かあるけれど、それは新しい古いに関係なく何か私をひきつけるものがあるのだ。「魔法のある家」というのがその基準。

さて我が家。。。何とか魔法の入る余地を作るように片付けなくちゃねえ。憂鬱。。。
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by mokomokoruka | 2005-04-20 10:12 | 雑感

今日は雨。。。

なんだか心も雨。
4月は変化の季節だからわたしのようなパット的人間にはちょっとつらい時期かしら。。。

今日も縫い縫いしましょう。
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by mokomokoruka | 2005-04-07 08:13 | 雑感

切り紙細工の思い出

 アリエスさんのブログを読んでいたら切り紙細工の思い出がよみがえった。

わたしには大好きな大好きな祖母がいた。母の体が弱かったので幼かった頃わたしは祖母の家にしょっちゅう預けれれていた。祖母はとても優しい人だった。着物を着て髪をお団子に結った、そうサザエさんのおふねさんのような姿の人だった。その祖母のことを思い出すと涙が出てくる。

 祖母がいろいろな家事をしているそばで私は終日おとなしく遊んでいたものだ。やはり体の弱かったわたしは走り回ることもあまりなく、絵を描いたりおままごとしたり。。。その中のお気に入りの遊びの一つに切り紙があった。紙を何回か畳んでそれから切り紙をして開いた時の驚きが大好きだった。思いもよらない世界が広がるその不思議さ。。。切る図案(?)もだんだん複雑になっていった。そしてそれを祖母の用意してくれた箱に大切に溜めていった。時々それを出して見るのも好きだった。紙は普通の折り紙もあれば祖母がくれる包装紙を切ったものもあったし、今では見ることもないが薄い質のあまりよくない折り紙のこともあった。ちょっとくすんだ色の折り紙。懐かしいな、あの感触。。。
 そんなある日祖母がお客様と話しているのが聞こえた。
「この子はほんとうに不器用なのだけどはさみだけは上手に使えるのですよ」その声は幾分誇らしげだった。わたしはうれしかった。大好きな祖母がうれしそうにしていることが。。。そしてそれが唯一の私の自信になった。まだ幼稚園にも行っていない頃のことだからずいぶん大昔のことなのだけど鮮明に覚えている。
 
  悪いことをすると祖母はわたしを押入れに入れた。押入れなんて今考えれば自分で開けていくらでも出られるのだけれどわたしは泣いて「ごめんなさい、出して頂戴」と言ったものだ。でもある時わたしは泣きながらその押入れの片隅に置いてあるきれいな包装紙の束を見つけた。なんだかドキドキした。祖母が時々出してくれる宝物のありかを見つけてしまったようで。。。
その後どうしたかは覚えていないのだけれど。。。

祖母の所に泊まることも時々あった。冬の寒い夜祖母の足の間に足を入れて暖めてもらったっけ。子守唄を歌ってくれる祖母が先に眠ってしまうとわたしは祖母をつっつく。そうすると祖母は慌てて続きを歌った。繰り返し繰り返し。
 お話はきまって「だんご、だんご」でも私はそれを飽きずに聞いていた。
祖母の部屋の押入れのそばの物入れには粗末な布が掛かっていたがその向こうには木で彫った熊の置物があってそのごつごつした感触が残っている。ビニールの紐を張った簡易夏枕があってそれをお琴に見立てて弾くまねをしたりした。祖母の家はわたしにとって安心できるそして時間が止まってしまったような世界として記憶に残っている。

 祖父は私の生まれるはるか前に亡くなっていたので祖母は叔父と二人、小さな社宅暮らしだった。でもその社宅の部屋こそわたしにとって今思い出しても心がぽっと温かくなるような場所なのだ。窓には木綿の白いカーテン(もう真っ白ではなく優しい色に色あせていたけれど)が掛かっていた。風にカーテンが膨らみそれを透かして陽の光がクリーム色に輝いていた。穏やかな穏やかな午後。。。音もなく。。。

 祖母はわたしが高校に入った年に亡くなってしまった。あの時後何十年したら天国で会えるのだろうと思ったものだ。早く会いたくてならなかった。あれからずいぶんの歳月が流れ祖母に会える日までのマラソンコースは折り返し地点を過ぎたかもしれない。でも今子供を持ってなるべくその日の遠いことを願っている。わたしは子供を生んだのが遅いからなるべく長生きをしてあげないとかわいそうかななんて思う。
 下の娘が切り紙が大好き。時々やっては大切に箱に溜めている。あの頃のわたしのように。
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by mokomokoruka | 2005-03-25 10:08 | 雑感

春というのに

なんでこんな天気なのでしょう。3月半ばのこの天気は堪えます。2月までは覚悟しているからいいのだけれど3月ともなればもう心は春に向かってまっしぐらなのに。。。

今朝気象カレンダーを見ていたら面白い記事がありました。鶯について

鶯は秋か冬の間は里で暮らすのだそうです。藪の中とかで。そして春になると山に帰って繁殖期に入るのだけれど、その時あの美しい鳴き声を聞かせてくれるのだそうです。ということはあれは「こんにちは」ではなくて「さようなら」だったのかしら。これからお山に帰りますって。
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by mokomokoruka | 2005-03-13 08:38 | 雑感

鯛の砂糖菓子

ユリウスさんのブログを読んで思い出しがことがある。
それは「鯛の砂糖菓子」のことだ。このお菓子の事を思うとなんだか胸のどこかがキュンと甘く締め付けられる。それは幼い日の甘い思い出。
 
鯛の砂糖菓子ユリウスさんがおっしゃっているお菓子とは違うと思うのだけれど、よく婚礼の引き出物に付いてきた砂糖を固めた硬いお菓子。このお菓子この頃あまり見かけなくなったが昔はよくあった。父が婚礼に招かれてこれを持ってくるとわたしはうれしかった。特に甘いものが好きという子供ではなかったので食べるのが嬉しかったのではない。何が嬉しいってそれを割るその「行事」が嬉しかったのだ。母は包装紙を敷きその上にそれをおもむろに置いてものさしでパンと割るのだ。それは必ずものさしだった。今もあると思うけれど50センチの竹のものさし。
その小気味いい音といつもの母とは違う楽しそうな様子が大好きだった。そして粉々になった一片を口に入れた時の甘い味がなつかしい。

 そしてどうしてか、この思い出はわたしが8歳まで暮らした、たった一間の間借暮らしの生活のあの部屋での光景なのだ。
 父は結婚と同時に歯科医院を開いた。それは普通の民家の一部で診療室のほかに待合室、小さな技巧室、玄関、ほんの小さな台所、そして私たちの暮らす窓のない一間しかなく、お風呂もトイレもなかった。トイレは大家さんのトイレまで長い廊下を通って行った。とても暗く怖いトイレだった。お風呂は親戚の家にもらいに行った。だからとても不便な生活だったはずなのだがわたしにはそこでの生活がとても懐かしい。ちょうど3年生の時に引っ越したから母とべったり暮らした幼児期の期間と重なっているせいなのかもしれないが。
 編物の得意だった母のそばで電車ごっこのように指でトンネルを作ってその中を毛糸がするする動くのがおもしろかったっけ。
治療室の窓の外には庭があった。おもしろいことにこの庭の土地は(結構広くて後ろは畑があったりした)父が買い取ったものらしい。ということは若い父にはそこに建物を建てる経済的な余力がなかったのだろう。この庭でおままごろをしたりしてよく遊んだ。初夏になるとグミの赤い実を味噌漉しにいっぱい採ってきたっけ。
窓のない部屋だったので休日はよく外に出た。ちょっと行くと川があってとても気持ちのよい場所だったからよく家族で歌を歌いながら散歩した。
 だからそれから現在父母の暮らしている家に越してきた時、正直うれしいのになんだか心のどこかでさみしかったものだ。父はそれまで以上に忙しかったし、母も広い家の中でいろいろ家事が増えたのだろう。いつも同じ部屋にいる事は少なくなった。休日も以前より散歩に出かけなくなった。
 
 話が逸れてしまったが、多分例の「鯛のお菓子」は現在の家に来てもあったはずなのだが私の中の記憶では「鯛の砂糖菓子」=小さな部屋=母との甘い思い出、に繋がるのだ。おかしいけれど。。。
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by mokomokoruka | 2005-03-06 09:53 | 雑感

香りをかぐ

 『香りをかぐ』と言って今日はコーヒーのことを書きたいのではない。

 毎日友人のMさんの本の紹介を読んでいる。そしてどうしてこの人はこんなに素晴らしい本に出会うことができるのだろうと驚く。

 そしてビシちゃん、彼女は本当はピアノの先生。とってもおかしなおよそ、らしからぬピアノの先生。でも音楽に向かう時の彼女の話はおもしろい。

 わたしは本の世界も音楽の世界も門外漢だけれども、彼女たちを通してその世界を垣間見る機会を与えられている。ただの一般常識ではない。広く浅くというより狭く深く私はその世界の一端に触れている。
 
 人は限りある時間を生きているからすべての世界に身を置くことはなかなか容易ではない。しかしその世界で真剣に生きている人に接し、その世界の香りをかぐことができるということはなんと人生を豊かにすることか。私はよい友達に恵まれていると思う。
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by mokomokoruka | 2005-02-24 09:15 | 雑感