バッグづくり

姉の誕生日プレゼントにバッグを作っている。
久しぶりに作るバッグづくりはおもしろい。このところルームシューズづくりにはまっていたのだけれど共通するおもしろさ。プラモデルを作るような作業。こういう風に作るといいんだなという発見があっていくつも作りたくなる。

今回はちょっとシックな色合いにしたのだけれど姉は気に入ってくれるだろうか。
ようやく表ができたので明日は裏を作ってしまいたいけれど、外出予定があるから無理かな。
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# by mokomokoruka | 2015-03-22 17:47 | 手作り雑感

何年も放置してしまった日記だけれどもう一度

あまりに長い間何年も放置してしまったけれど、やはりこの日記に書いていこうと思う。
手作りのことも、心のつぶやきも。。。

書かなかった間に母も亡くなり、いろいろなことが変わった。
今は亡くなった母の家に居る。

今日は父の誕生日、生きていれば90歳になったのだなぁ・・・

父の使っていた技巧室が今は私のソーイングルームとなっている。まだ引っ越しが完全に終わっていないのでただの物置き場状態だけれど、それもおいおいに整理していかなくては。ここにいると父とともにいるような気がする。

とりあえず今日は姉への誕生日プレゼントを縫わなくては。縫うことで救われている。
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# by mokomokoruka | 2015-03-21 12:23 | 雑感

気が付けば大好きな3月が。。。

終わろうとしています。これはたいへんです。
大好きなのに。

やわらかな空気に包まれてゆっくり紅茶でも飲んで静かな時間を過ごさなくてはなりません。
きれいなものを縫いましょう。
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# by mokomokoruka | 2007-03-27 10:59 | 雑感

父の意思として

19日午前2時2分父が亡くなりました。私たちは無教会(教会という組織に属さないという内村鑑三先生の教えに共感した)クリスチャンです。父の葬儀の折仏教で言えばお通夜にあたる告別前夜式で私が述べた遺族代表の言葉の一文をここに載せておきます。
なぜこのような個人的な一文をここに載せることにしたかといいますと、父は元気な時、人の死はその機会を通して神様のことを伝える役目を仰せつかっていると申しておりました。父は自らの死が神様のお役に立てることをとても喜んでいたと思います。ですからこの一文をここに載せることを父は望んでいると思うのです。おそらく信仰をもたれない多くの方にはこの文章はとても難解であると思います。それでも故人の意思として公にいたします。お許しください。


「本日はお寒い中父瀧澤豊のためにこのように多くの皆様にお集まりいただきましてまことにありがとうございます。
父は奇しくも11年前のまさに今日と同じ1月21日に脳出血の発作を起こし病に倒れました。以来丸11年間後遺症のため全失語および右半身不随となり病床に臥しておりました。
 発病当初入院していた以外父は一度も家を離れたことがありませんでした。自宅の一室で多くの皆様に支えられ母の介護を受けながら過ごしておりました。初めの頃はショートスティやデーサービスなどもしてみたらと勧めたわたくしでしたが、どんな時にも二人でいたいということが父と母の固い意志でした。
 父は若い日にクリスチャンとなりました。結婚と同時に母も父に導かれてクリスチャンとなりました。そうした二人が送る療養生活の基盤は入院中術後2日目から毎日続けた「二人の集会」でありました。母が声を出して聖書を読み賛美歌を歌いお祈りをするという形でこの集会は守られました。父はお祈りの終わりに必ず「アー」とかすかな声で発音しました。父は「アーメン」と言っていたのだと思います。この集会は亡くなる前日まで続きました。
 二人の部屋はいつも明るく穏やかでした。父は失語症のために自ら話すことができません。こちらから話すことはある程度理解しておりましたが自分の意思を伝える術を奪われたということは日常生活においてどれほどつらいことだったでありましょう。けれど父は一度も癇癪を起こすことなくいつも穏やかでした。それをささえていたのはやはり、二人で行う集会にイエス様がいてくださって父を守っていてくださったからだと思えてなりません。
 そうして続いていた生活に変化が訪れたのは丸11年が終わろうとする昨年のクリスマスを終えた頃でした。父がまったく食べなくなってしまったのです。次第に体力がなくなりついに1月15日に主治医の先生から今日いっぱいであろうという診断を受けました。しかし父はそれから4日間精一杯がんばってくれました。そして19日の午前2時2分眠るように安らかに天に召されていきました。このような穏やかな闘病生活を送れたのは力を貸してくださった皆様のおかげと心より感謝しております。
 さて、これが父の発病からの様子のあらましのご報告でございます。本来ならばここで話をやめるべきなのですがわたくしはみなさまにどうしてももう一つ聞いていただきたいことがございます。父はかねがね話は短くするように申しておりましたがみなさまどうかお許しくださいましてもう少しお時間をくださいませ。

 それは父からのもらった最後のプレゼントについてです。
実は父が危篤状態に陥りました1月15日はわたくしの51歳の誕生日でございました。父は私の幼い日誕生日には美容院で髪を結わせ着物を着せてお祝いしてくれました。今回父のことをお聞きになって多くの方がお見舞いに来てくださいましたが私の幼い日を知る方はどなたも必ず父がどんなに私を可愛がっていたか、思い出話をしてくださいました。私自身本当に可愛がられたと思っております。それは幼い日も大人になってからもいつも変わりませんでした。子供時代にもわたくしが結婚して子供を持ってからもそれぞれの時にいろいろな思い出がありますが父はいつもやさしく私に接してくれました。
 父の危篤状態が知らされた15日わたくしは父のそばで必死に祈りました。
「神様、お誕生日が父の命日になるのはあまりに悲しすぎます。私には父にどうしても伝えなくてはならないことがあるのです。どうか父を今連れていかないでください。」
看護している者たちがそれぞれまだ父を送る心の準備が整っておりませんでした。
神様はわたしたちの願いを聞いてくださって奇跡的に回復させてくださいました。
翌16日父は意識も回復してわずかな時間ではありましたが、しっかりと父と心を通わせることができました。わたくしは父の目を見ながら話しました。
「今までごめんなさい。おじいちゃまの介護に対して本当に不誠実でした。ごめんなさい。許してくれる?」父は穏やかな表情でうなずいてくれました。その時私は本当に心が軽くなりました。そしてさらに
「本当はすぐ神様のところへ行きたいのでしょけれど、もう少し私に時間をください。おじいちゃまといっしょにいたいから」と申しますと涙でいっぱいの私の目を父も涙の溢れる目で見つめて困ったような表情を見せましたが、ゆっくりうなずいてくれました。それから半日ほどして父の意識はなくなりましたがそれでも精一杯のがんばりで呼吸を続けてくれました。わたくしは意識のなくなった父のそばで昔、父が仕事をする時よく口ずさんでいた賛美歌を歌い続けました。父の歌う声が聞こえてくるようでした。
 そうしながら私は落ち続ける点滴の袋を見ておりました。その時私は父から大きなプレゼントをもらったのです。
 実は私は一年ほど前から父を筆頭に家族が健康を損なっていくこと、自分自身が年を重ねていくことが不安で不安でたまりませんでした。それはいつの間にか「命」ということをどのように捉えればよいのかということにまで及んでいきました。もし命を生命というこの世的なことで考えればおぎゃあと生まれたその瞬間が100パーセントで日一日一分一秒それが減っていく。自分の命も愛するものの命もそうして減り続けているその瞬間瞬間を見続けていなければいけない残酷さを思い胸がつぶれるようでした。

本を読むことがあんなに好きだった父の頭、そして患者さんのために時間を惜しんで仕事をしていた器用な手、山を歩くことが大好きだった足、それが損なわれてしまった。そしていずれ父の命自体も消えていくということへの悲しみこれに打ち勝つことは不可能に思えるくらいでした。命が減り続けていくということへの恐怖は誰にも伝えようがありませんでした。ところが父の点滴の袋を見ていた瞬間にわたしは心の底からわかったのです。点滴の薬が父のこの世の命だとしたら薬が減った分袋の上部にできる空間、それこそが神様からいただく新しい命そのものなのだと。地上の命がなくなっていく瞬間毎に神様からの新しい命が増えていくのだと、私は気が付かされたのです。そうしてその時父の枕元に開いたままになっている聖書のある一節が目に飛び込んできました。それは今集会で学んでいるヨブ記の一節でした。
ヨブという人が神様に語りかける最後の言葉
「それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し自分を退け、悔い改めます。」
わたしはそれを読んだ瞬間に「死ぬ」という意味をはっきりと知りました。少しずつ自分の命を神様に明け渡し最後に完全に自分を退け神様をその身いっぱいにすること、それがこの世に生まれてくることそして死ぬことの意味なのだと。その瞬間にこの世に生を受けそして死に向かって生き最後に死によって完全に自分を退ける、その道を経なければ神様の国には行けないのだということを魂の底から分からせていただいたのです。
 命の意味に苦しんでいたわたしに父は最期の時に命を掛けて言葉を超えたメッセージを贈ってくれたのだと思いました。
これでわたしはこれからの日々を雄雄しく生きていくことができます。
わたしは父に子供の時から多くのものをもらいました。そして今地上の別れの時に最高のプレゼントをもらったのだと思います。父はよく
「今が一番いい。後ろを振り向いてはいけないよ。塩の柱になるから」と申しました。
わたしは今この言葉を話した父の本当の心を知ったような気がします。

父の呼吸が止まった時わたしは心からハレルヤと言いたかった。この瞬間父の体が神様によって満たされたと思ったからです。父の死はもはや人間のかかわる問題ではないと思いました。看病が足りなかったとか、こうすればもっと良かったとかそういうものもすべて消え去りました。今はただ父が天国で再び声を発し自由に手を使い行きたいところへ歩いていけるその姿を思い、神様に満たされた体になったのだと思うとわたくしはうれしいばかりです。
 以前本当に父の死を迎えたらどんなに悲しいだろうと想像していました。しかし父の死を通して与えられた恩恵によってわたしは心の底からハレルヤと声をあげながら父を見送ることができます。

 ずいぶん長く語ってしまいましたことをお許しください。
どうぞ皆様これからまだ地上の生活を続ける母をそして私たち家族一同なにとぞよろしくお願い申し上げます。本当に本日はありがとうございました。」
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# by mokomokoruka | 2007-01-23 12:06 | 雑感

戻ることに感謝するなんて

別な日記に記しましたがこちらにもコピペしておきます。

ミシンキルトを縫っていました。遡って5月6日の日記(別日記)で

「いつの間にか解決される種類の曖昧さとどんどん雪だるまのように大きくなる曖昧さと二通りがあって今回のはどうも後者のような気がする。どうしたらいいのかなあ。 」

と書きました。それをずっと引きずっていて、それが先日の友達との会話の中で何か糸口が見えたような気がしていました。でもそれからあまりに忙しくて試す時間も取れず今日まで来ました。

そして縫ってみて。。。今感動しています。自分で言うなんておかしいけど、本当に。

作品を作っていて作っているわたしが作品自体に引っ張られていくことがあります。この感覚がわたしはものすごく好きです。作品が私を離れて歩き出すこの感覚。これはめったに味わない感覚なのですが。

今日まさにそれを感じています。もしかしたらこうかなあと思いつつ試したことが自分の意図したことをはるかに超えて歩き出しました。思わず
「まいったね」
とつぶやかずにはいられませんでした。

あの時曖昧さをそのままにして歩みを進めないでよかった。
そして今回試した方法を取るということは実は曖昧なままに進んでいた部分をほどかなくてはなりません。ちょっと大変な手間ではあります。しかし立ち止まっていなかったらもっと傷は深くなっていたと思います。そして今気付いたことをまあいいやでそのままごまかすことももしかしたらできるかもしれないけれど(ままあるのです。ごまかしてそれがかえっていい効果を出すことも。それがいつの間にか解決される曖昧さなのだけど)でも今回のこれは根本部分だから私は敢えて戻ります。多分ほどくのに一日くらい掛かるかもしれないけどそれでもこのままに続けると結局のところこの作品自体を捨てることになると思うので。

あの時曖昧さに気付いて立ち止まってよかった。そして今のこの段階で戻ることを決断させられて本当に良かったと思います。

私はクリスチャンだから思うのかもしれないけど以前日記に書いたけどhttp://mokomokoru.exblog.jp/m2005-09-01/#2693786
真っ直ぐな道をボールが転がっていくより壁にぶつかって跳ね返っていろいろな方向に跳ぶ方がどれだけおもしろいか。
そしてその時にこそわたしの今歩まされているこの道は備えられた道なのだと確信することができるのです。自分勝手に歩いているのではなくておおいなるものに認められて許されて歩いている道なのだと。

曖昧さはその感覚つまり大いなるものとのつながりを確信できなかった時に起こるような気がします。道が見えなくてもそこに壁を感じてもつながりを感じる時わたしは小躍りしながら先に進むことができるのです。

聖書に祝福を与えるという言葉が出てくるけれどそれは決してこの世的に成功するということではないと思います。この許された道を歩んでいるという喜びを与えられることこそ祝福なのだと、神様と繋がっていると実感できるこの瞬間こそが祝福なのだとわたしは思うのです。

その思いで作っているこの作品。それが世間にたとえ評価されなくてもそれでもわたしにとっては大切な作品なのです。感謝。
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# by mokomokoruka | 2006-05-12 12:45

 今朝爪を切っていた時に脈絡なく思い出した感覚。
幼い日に母に爪を切ってもらった時、私の手を取っていた母の手のぬくもり。
もう決して戻れないあの日。まったく不意なる感覚だった。

あれから何十年経ったのだろう。対峙して座る母と私の膝こぞう。

そしてこれから何十年かしてわたしの子供たちは今のわたしのように幼い日のその時を思い出すのだろうか。。。

時間の狭間に急に落ち込んだような過去と未来何十年という時間が一瞬に駆け巡ったようなおかしな感覚だった。
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# by mokomokoruka | 2006-03-15 22:33

昨夜、偶然、何年間も探していたある詩を見つけました。
テニスンの樫の木という詩です。この詩そのものは以前すぐに見つけたのですがわたしは7年ほど前に目にした小塩トシ子さん訳が読みたかったのです。

きみの生命を生きよ
 若きも老いも
かなたに立つオークのように
春には輝くばかり
 黄金色の生を。

夏は豊穣
 そしてそれから
秋の変貌
より厳粛な色合いに
ふたたびの黄金色。

葉はすべて
 ついに払い落とされ
見よ、なお樹の立つのを。

幹も枝も
 つよく裸身で。


他の訳で読んでも最初にこの詩に触れた時の感動が忘れられなくてわたしはネットや書店でさがしたのですが見つけられないでいたのです。この小塩さん訳の『樫の木』は子供の幼稚園からいただいてくる「こころの友」という印刷物に書いてあったものでした。
ちょうど父が寝たきりの状態になって数年経った時で、わたしは父の姿にこの詩を重ね合わせて読んだのでした。
 それからしばらく大切にしていたのに何故か見当たらなくなってほんとうに残念で小塩さんの出版物に出会ったりすると注意して見ていました。昨夜他のことでバッポンさんの部屋に行った時偶然あるファイルを手にしましたところなんとそこにあったのです。きっと私のことだからどこかに置き忘れたのをバッポンさんが気を利かせて綴じておいてくれたのでしょう。(一言言ってくれたらもっとよかったのに)とにかくおかげで私は再びこの詩に出会うことができました。
 
 ちょうど先日何気なくつけていたTVから流れてきたナレーションに心打たれたのですがそれも樹についてでした。ほんの一部をそれも隣の部屋で聞いていたので何の番組であったのかも分かりません。「巨木」についての話のようでした。
 秋になって葉を落とすということは冬に負けないための大切な仕事なのだそうです。そしてその作業にはたいへんなエネルギーが必要なのだということです。葉に行く養分を断ち切って敢えて葉を落とす準備をするのだそうですがそれをするのに年を取りすぎている樹はなかなかそれがうまくいかないことがあって、その結果雪が降る前に完了することができずに冬を迎え枝を折ってしまうこともあるのだそうです。なにか心打たれることでした。葉を落とすということが時間の経過からくる運命的なものではなく、つまり若い盛りを過ぎたものがその成れの果てとしての状態ではなくて次の命を繋ぐために自らの意思でそれもたいへんな努力をはらって養分を断ち切るということ積極的な行為であるということ。これってすごいことだと思いました。そしてさらに年を取りついに折れてしまった枝からさらに次の世代の若い芽が出るという樹木の生命力わたしは励まされる思いで聴きました。

偶然かもしれませんがわたしはこの『樹』にまつわる再会と出会いにとても感謝しています。
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# by mokomokoruka | 2006-03-07 09:50

散歩

本当に今年の3月は素敵。
昨日は家族で川にルカの散歩に行って来た。
町は人形さま巡りで人が溢れている。なんだか違う町のようだ。お天気が良かったのでなおさら人の出足が良いようだ。そんな町を横切って川に行くと広い河川敷の遠くに犬と遊ぶ人の姿があちらこちらに。
そして水辺の鳥たちもいつもより数が多いような気がした。
ルカも時折空に飛ぶ鳥を見上げたりしている。

3月の川辺は本当に美しい。遠くに見える鷲ヶ巣山もことの外美しかった。あそこから流れてくる川の水も雪融けでいつもより水量が多い。ゆったり流れる川を見ているとこちらの心ものびやかになってくるようだった。
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# by mokomokoruka | 2006-03-06 09:05

大好きな3月

一年中で一番好きかもしれない。でもいつも気が付くと飛び去っていってしまったと言うことになっちゃう3月。
今日はまだ2日。だいじょうぶ、たっぷりあるぞ。今年こそ3月をいっぱい味わおう。
今はまだグレーの世界だけどもう少しするとカタクリの薄紫の可愛い花やレンギョウの目のさめるような黄色が見れる。本当に楽しみ。

 今日はどこにも出かける予定はないのでじっくりとミシンに向かえる。その合間に早春を書いた文章をアンの中に探してみようかな。c0030505_10481644.jpg
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# by mokomokoruka | 2006-03-02 10:49

陽の光

今日は久しぶりのお日様の光。天窓から射しこんでくる。この穏やかな光を見ているとそれだけで心が明るくなる。陽の光をいっぱいに浴びている人たちが陽気であるのがよく分かるような気がする。

 明るい春まであと少し。
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# by mokomokoruka | 2006-02-19 13:24